大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1226号 判決

控訴人

株式会社白雲閣

代理人

春原源太郎

被控訴人

上六印刷株式会社

代理人

細川喜信

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  被控訴会社は、資本金四、四八〇万円で従業員二三〇名を有し、更に従業員数七〇名の子会社をもようし、高度な印刷技術を要する高級印刷物の印刷販売を目的とする大阪の斯界に実績を誇る有数の会社であること。控訴会社は旅館業を営むこと。

(二)  被控訴会社は控訴会社から昭和三七年四月初旬同社経営旅館「白雲閣」宣伝用パンフレットの製作注文を受け、代金は月払いの約定で左記のとおりパンフレット合計三〇、三五〇枚、代金合計五六一、四七五円を控訴会社に納入したこと。

(納入日)

(数量)

(代金)

(イ)昭三七・四・二六

四、〇〇〇枚

七四、〇〇〇円

(ロ)同三七・五・一

二四、九五〇枚

四六一、五七五円

(ハ)同三七・五・一九

一、四〇〇枚

二五、九〇〇円

二控訴人は、被控訴会社の本件代金債権は民法第一七三条第一号所定の「生産者ガ売却シタル産物の代価」または第二号所定の「製造人ノ仕事ニ関スル債権」に該当するとして、同条所定の二年間の短期消滅時効を援用するので検討する。

(一)  まず第一号に関する控訴人の主張について按ずるに、本号は専ら生産者、卸売商人、小売商人らのなす類似的な産物、商品取引における売却代価の迅速決済の必要性に着眼して、特に短期の消滅時効を定めたものと解することができるから、同号にいわゆる生産者とは必らずしも農業のような一次産業(原始産業)従事者だけを指すと解したり、経営規模の大小を考慮する必要はない(大審院昭和一二年六月二九日判決参照。)。しかし、右代価発生の原因は売買契約かまたは少くとも重要な部分に売買的要素を含む有償契約であることを要し、他人の個別的な注文に基いて物を産出するような場合まで包含するものでないと解するのが、同号の文言に照らし相当である(請負人の工事債権につき民法第一七〇条第二号に別の規定がある点参照、この限りで、ここに産物、商品とは主として代替的な流通商品を指すものということができる)。

前記当事者間に争いない事実と当審での控訴会社代表者本人尋問の結果によれば、本件旅館白雲閣宣伝用のパンフレットは控訴会社が被控訴会社のセールスマンの個別的な注文取りに応じて注文したものである点等を考えると、その作成納入については、単に既成商品を売買する場合とは異なり、その内容、体裁等についても控訴会社の具体的な注文をきいてこれに当つたと推認するに難くない。これらの事情を綜合すると、本件契約は売買的要素が全くないとまではいえないとしても、その実質は相当高度の仕事を目的とする請負類似の契約と認めるのが相当である。そうすると、本件では被控訴会社をもつて本号にいわゆる生産者ということはできない。

もつとも本号の趣旨が専ら商取引の迅速決済の必要性のみに存するとすれば、本件のような取引についても本号のような短期消滅時効を適用することも必らずしも合理性がないとはいえないけれども、同条第二号、第三号列挙の場合と比較検討し、また一般に被控訴会社のような経営規模(前記の判示参照)の会社では会計帳簿も完備し、債権の存在を示す証拠の保全にも欠けるところはないのが通常であり、この限りにおいては短期消滅時効を適用すべき意義の少ない点等を考えると、本件のような場合について強いて本号を適用すべき実質的理由はない。

(二)  次に、第二号について考えるのに、同号は一般に債権が少額で、それ故に通常その証拠保全も不十分である場合について特に短期の消滅時効を定めたものと認められるから、ここにいわゆる製造人とは靴屋、建具屋、指物師等専ら手工業的、家内工業的な小規模経営の製造人を指し、近代工業的な機械設備による製造業者などはこれを含まないと解すべきである(同号の「居職人」について最判昭和四〇年七月一五日参照)。前記の通り被控訴会社は資本金四、四八〇万円で、その従業員数は二三〇名をようし、大阪の印刷業界でも有数の高級印刷会社であるというのであり、その経営規模やそれによつて容易に推認しうる高度の機械設備の存在等の点に照らし到底前記第二号所定の「製造人」と認めることはできない。この点に関する控訴人の主張もまた失当である。

そうすると、控訴人主張の二年の短期消滅時効の抗弁は爾余の判断をなすまでもなく理由がない。

三よつて、本件代金五六一、四七五円のうち二八〇、七四五円とこれに対する履行期後である昭和三九年一二月四日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める被控訴会社の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は失当として棄却を免れず、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例